特定非営利活動法人「ふくしま支援・人と文化ネットワーク」





在いわきジャーナリストが見た分断された「福島」/「日々の新聞」安竜昌弘氏トークライブ報告 (2017.12.25更新)

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2017.12.25

2017.12.17 在いわきジャーナリストが見た 分断された「福島」
「日々の新聞」安竜昌弘氏トークライブ報告


安竜昌弘氏  3.11から7年になろうとしています。いわき市は津波や地震の自然災害と原発事故の避難者が混在して生活しています。補償金や制度によって分断されている福島、その中で人々は何を考え、どのように生活しているのか?
 地域紙の編集者として一貫して、いわきの生活と文化を見つめてきた安竜昌弘氏(「日々の新聞」編集人)を東京・本郷に招き、福島の現状をお話しいただきました。

文責・郡司真弓


かけがえのない日常が失われ、非日常がつづく日々

 開口一番、安竜さんは、いわきの現状は「かけがえのない日常が失われ、予想もしていなかった非日常が続いている」状態だと指摘。それに加えて、考え方や立場の違いによるさまざまな分断と対立があり、それはいわきの光と影を成している。震災の前と後では、まったく違う世界になってしまった。もう前に戻ることはできず、人々は折り合いをつけながら生活していくしかないと、現状を話します。
安竜さん自身は、「震災暦」で物事を見ることが普通になり、3.11を起点に前か後かを確認して年数を数えるとのこと。例えば今日(2017年12月17日)は震災後6年9カ月と6日目。それは、あの日亡くなった人たちが不在の日数でもある。常に3.11と向き合っている安竜さんならではの言葉でした。

 一方で、いわき市はいま市長の掛け声のもと「スポーツ都市作り」に力を入れています。スポーツ用品会社をJリーグ下部組織のサッカーチームのスポンサーに迎え、そのクラブハウスを構えた流通基地やスタジアムの建設が進んでいます。「いわきをスポーツで東北一の都市にする」というのがコンセプトのようですが、これを「光」とすれば、もちろん「影」もあります。

 山間部の川前町に志田名(しだみょう)と荻という2つの集落があります。ここはいわきの飯館村といわれるほど放射能の高線量地域。ある主婦が原発事故後に独自に放射能を計測して市に訴えるものの、「いわきに線量が高いところがある」ことが広まれば風評被害を招くと、行政は取り上げず、彼女は専門家と一緒に「みんなが市民科学者になって地域を再生させよう」と呼びかけて、独自の汚染マップを作成しました。 

 その時、安竜さんは「この取り組みは原発被災地のモデルケースになる」と思ったようでしたが、補助金が出る汚染土の仮置き場をどうするかで地区が二分してしまい、結局、放射能に苦しめられた人たちが仕事を失い、除染や原発の仕事をしてさらに被曝をするという状況が生まれてしまいます。
 その話を聞きながら、福島の人たちが二次、三次の被曝を受けている現実に胸が痛くなりました。

手を結ばなければならない被災者同士が攻撃しあっている

 今回のトークライブのテーマの「分断」について、安竜さんは「根本にあるのは、無理解、ねたみ、偏見、差別、嫌悪感といったネガティヴな感情である」と指摘しました。国が決めた原発事故による区域指定によって賠償金が支払われ、原発被害者は一定の生活が保障されものの、津波被害者には賠償金は出ない。ローンが残っているのに家を失ってしまった人たちは、二重債務に苦しめられている。
 その結果、「もともとのいわき市民と双葉郡から避難してきた人たちの間で感情的な行き違いが生まれています。つまり、国の賠償金が分断の要因の一つとなっているのです」

 歴史的にみても、政府の援助(賠償金)による区別や差別が市民を分断させ、運動を衰退させるということはよくありました。福島も同じ歴史を辿るのでしょうか。

 市民の間では、放射能に対する考え方の違いがあります。被災者の中にも、避難するか残るかをめぐって、たとえ同じ家族でも感情的なしこりが生まれるケースがありました。議論しても結局は平行線となってしまうので、お互いが口をつぐんでしまいます。だから、表面上は静かに見えるのです。

「理不尽で不条理なものに対する怒りは大切であるが、手を結ばなければならない被災者同士が攻撃しあってしまう。“前を向こう”という人と“流されないでしっかり足下を見よう”という人とが対立してしまう。そういう現実を見ると、 “復興”も“がんばろう”も“絆”も空虚な言葉に感じてしまう」と、安竜さんは言います。

分断を乗り越え、共に存在し合える道を探る

「風評被害」という言葉が一人歩きし、それは原発事故の深刻さを薄める効果を果たしています。しかし、「放射能の数値を出して判断するのは市民であり、さまざまな店舗に放射能を測量できるシステムを設置することが必要だ」と安竜さんは言います。その一方で、いわき市民の間では「自分たちは被害者である」という認識が希薄になり、国道の除染活動に高校生を駆り出すイベントなどのいかがわしさも、「みんな頑張っている」という言葉でまとめられ、批判できないような状況が生まれているとの指摘もありました。

 安竜さんは「震災は、これまでの生き方やあり方を軌道修正するために与えられたターニングポイントだ。それは、人々に人間として成熟することを求めた。だからこそ、どんなに意見が対立しても、許し協力し合い、ともに存在し合える道を探らなければならないのだ」という、いわき出身の彫刻家・安藤榮作さんの言葉を引用します。

 真実や本質が覆い隠され、分断はさらに深刻になっている。だからこういうときこそ、「本質を見据え、そのうえで相手の立場に立った理解と寛容が必要である」という安竜さんの言葉が心に残りました。

安竜昌弘氏