特定非営利活動法人「ふくしま支援・人と文化ネットワーク」





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2016.5.25

原発避難者は過去の災害の中でも、最も精神的苦痛が高い
──「今」を大切に生きる意志を支えよう

 5月22日、東京・御茶ノ水の明治大学リバティーホールでNPO法人ふくしま支援・人と文化ネットワークの2016年度総会の後、同主催の講演会「原発事故と精神的苦痛」が開かれ、NPO会員や被災者の心のケアに関心をもつ市民など約80名が参加しました。
 講師は精神科医の蟻塚亮二先生。長年、沖縄で戦争で傷ついた人たちの心のケアに取り組み、2012年以降は福島県相馬市のメンタルクリニックで地震・津波・原発事故の被災者のサポートをしています。沖縄と福島でそれぞれ被害者の精神的苦痛に向き合ってきた経験から、「原発事故と戦争は類似しており、それがもたらす精神的なトラウマにも共通性がある」と指摘します。
 国や行政、東電が進める原発被災者支援についても、有形の損害賠償だけでなく、無形の傷への理解と損害賠償を考えていかなければならない、という問題提起がありました。
 以下、報告です。

■原発避難者は「難民」。彼らを切り捨てることは許されない

  1. 1.福島の震災とは
     戦後から70年が経っても、沖縄では夜間、不定期に目が覚めるなど過覚醒不眠を抱える人々がいる。他にもさまざまなPTSD(心的外傷後ストレス障害)が見られ、それは世代を超えて連鎖し、母子愛着不全の原因になることもある。沖縄の高齢者施設では6月23日(慰霊の日=沖縄戦の終結の日)の夜に入所者らが騒ぐ傾向がみられる。これは認知症の患者でも例外ではない。蒸し暑い夏がやってくると、沖縄戦の悲惨な記憶が蘇ってくるのだろう。PTSDは何年もあとになって発症することが多いが、沖縄では戦後60年経ってもPTSDが発症することが明らかになった。福島では被災後わずか5年でPTSDが生まれている。
     災害を考えるうえでまず重要なのは、人災と天災を区別することだ。人災は加害者がいて、被害者がいるが、天災は被害者だけである。人災では加害者に対する恨みや怒りが残り、人間に対する不信感が募る。結果的に人は倫理観を損なうことになる。それに加え、東電原発事故では、加害者の東電が賠償金を一方的に決めるなど、社会的公正が保たれていない。原発運営は「国策民営化」と言われるが、事故対応でも国は収束宣言をしただけで、その後の対応は東電に責任を押し付けている。責任逃れについてもまた「国策民営」という形で“分担”しているのだ。

  2. 2.帰る土地のない震災、生業の喪失、中高年の転職
     原発事故で帰る土地と生業(なりわい)が失われた。つまり生きることが否定されたに等しい。若年層は土地を離れ、仕事を変えることもできるが、中高年の転職は困難であり、結果的に日雇い、除染、出稼ぎ労働しか食べていく道は残されていない。

  3. 3.原発避難者の精神的な苦痛
     研究者によれば、阪神淡路震災のPTSDハイリスクグループ群(発症のおそれが高い層)は10%だったが、福島原発避難者は2012年埼玉で行われた調査ではハイリスク群が67%、2013年の福島調査では65%などきわめて高い数値が見られた。原発避難者は過去の災害の中でも、最も精神的苦痛が高くなっているといえる。(原発事故を伴わない)通常の震災支援の方法とは異なる支援が必要である。そのためには、原発避難者の生活と心身の状況をもっと知ることが必要である。

  4. 4.難民を切り捨ててきた日本の歴史
     帰る土地のない災害は人々に多くのストレスをもたらす。帰る土地を奪われた被災者はいわば「難民」であり、難民のPTSDは一般人の8倍も高いという報告もある。  いま国は政策の結果としてこうした「難民」を生み出しながら、それを切り捨てようとしている。なぜいま福島の人たちが切り捨てられるのか。それは、日本という国が過去にも多くの難民を切り捨ててきたからに他ならない。
     たとえば朝鮮植民地化後に貧窮のため日本に渡ってきた朝鮮人労働者、沖縄戦後に強制収容され、米軍基地のために土地も奪われた沖縄住民、あるいは満州からの引揚者(150万人いたが引揚途中で20万人が死亡)など。こうした歴史の負債をいまだ解決できないでいるので、欧州の難民問題にも日本は正しく向き合うことができない。  それどころか「国内発」の難民問題にも向き合えない。原発からの避難者を、「難民」として捉える視点があらためて必要だ。

■「心の皮膜」が剥がれた状態。文化や言葉の共有でそれを取り戻す

  1. 5. 原発の超法規的パワー
     原発事故は、職場などの集団をさえ分解する力がある。自分は避難したいのに、会社が組織として避難を決定しないため、個々人の判断で自主避難を選択せざるをえないケースなどがある。そのことが組織の中で感情的なあつれきをもたらす。  個人の生存を選ぶか、職場という集団の仕組みに従うのか。これはより深く考えれば、憲法で保障する個人の生存権を認めるか認めないかという問題にも発展する。その意味で、原発は超法規的なパワーをもつ存在なのだ。

  2. 6.対人関係の破壊、心の被膜、環境と文化
     震災は個人の心を壊すだけでなく、家族・親族間の人間関係、さらには近所つきあいや職場におけると対人関係を破壊する。普通の夫婦でも互いに100%の信頼と満足で生活できている人はまれだ。たとえ少々の不満があっても「ま、いいか」というところでやりくりをしている。
     ところが、福島原発事故では放射能からの避難をめぐって家族間で意見が対立し、場合によっては離婚に至ったり、職場で孤立するという例が起きた。人間関係における「ま、いいか」という許容範囲が極端に狭くなってしまう。避難所という非日常的な生活の中で、人々の距離が近づきすぎて、トラウマを起こすこともある。
     これまでの適度な距離をもつ近所付き合いは、人々にとって「心の被膜」となってきた。心に傷がつかないようにカバーしてくれていたのだ。その被膜が被災や避難を機になくなってしまうと、心は傷つく。あたかも「因幡の白ウサギ」のように外皮が剥がれ、生身が徐々に塩水で焼かれるような状態なのだ。
     しかし、文化や言葉の共有によって心は被膜を取り戻すことができる。

  3. 7.子どもの心に進行する発達性トラウマ障害
     若者(10代後半~20代)は、ストレスを受けやすい。また、幼い子どもたちの心に刻まれたトラウマ記憶は、将来に「発達する」。幼児期には反応性愛着障害、学童期は多動性行動障害、さらに青年期に至ると解離性障害や非行に展開し、成人期には複雑性PTSDへと進展するケースもある。

■戦争ストレスに似た症状、震災は過去のトラウマをも引きずり出す

 蟻塚氏はこのように総論的に述べたあと、クリニックで実際に接した患者さんの震災ストレスをいくつか例を挙げて紹介しました。
 福島原発事故は、地震・津波という自然災害と、原発という高度に政治的な存在がもたらした人災が複合したもの。それだけに問題解決が困難であり、精神医学でも参考になる本が少ない。そのなかでは、アブラム・カーディナーが1941年に書いた『戦争ストレスと神経症』(みすず書房)が貴重なヒントを与えてくれたそうです。この本は、第一次世界大戦の戦場で見られた自律神経障害や感覚障害などを分析したものですが、不眠、動悸、めまい、疲れやすい、全身の痛覚過敏、大音響への過敏症など多くの項目が、福島の場合と一致したそうです。
 特に仮設住宅に住む被災者のなかには、以前のように茶飲み友達を引き入れるスペースがなく、隣との壁が薄いので気を遣うなどの環境から、新たに不眠やパニック発作を起こす人が多いという報告がありました。また、過去に親から虐待を受けたことがある人は、震災によってより大きなトラウマ反応を呈することがあり、震災は過去のトラウマを引きずり出すという知見は重要だと述べました。

■震災トラウマを乗り越えるためにいま必要なこと

 最後に蟻塚氏は、「震災トラウマを乗り越えるために」必要な“処方箋”として6つのアドバイスをされました。

  • 1)SOSの能力
  • 2)悲しむ能力(泣いてもいいんだ)
  • 3)語れる相手の存在(他人に相談する力)
  • 4)仕事、住居、仲間、お金、医療があること
  • 5)音楽や芸能(文化は励ます力がある)
  • 6)「今」を大切に生きる意志

 音楽や芸能や地域力の持つ意味については、沖縄の人々が米軍上陸後の収容所内で、空き缶でつくったカンカラ三線で心を慰めあった例などを紹介。日常的にカチャーシャ踊りを楽しむ沖縄の高齢者は、PTSDリスクは高いものの、精神健康度は高いと指摘しました。
「最後に大切なのは、生きる意志です。どんな困難に置かれたとしても、“与えられた条件を受け入れて生きる意志”こそが大切だと、アウシュビッツを生き延びた精神科医のフランクルも『夜と霧』で述べています。生きる意味を問う必要はない。生きているから幸福だとは限らない。それでも、生きることに挑戦して身を投げ出すこと行為の中にこそ、人が生きた証があると、フランクルは言っています」
 被災者に対しては辛い言葉かもしれませんが、そのように考えることを通して、人々はトラウマから立ち直り、新しい視野を切り開けるというのです。

 被災者に対しては、「こんな辛いことも、あんな辛いこともあったけど、でも、生きていてよかったと思えるように“いま”を肯定すること、そして“いまこうして生きて話している私とあなた”という関係性を築くことが重要だ」と、蟻塚氏はアドバイスします。
 一方、トラウマを抱える被災者の話を聞く側に対しては、「よくぞ生きてここまで来られたと、ここまでの闘いの過程を肯定し、支持し、敬意を抱くことが重要である」と述べました。

 講演をしめくくる蟻塚氏のフレーズは、《決断は軽くていい=ま、いいかぁの精神が大切/勝つためのコツはあきらめないこと/そして未来は「なりゆきまかせ」で》という三原則。そこには、神田香織が言い出し、当NPOのモットーにもなっている「けっして諦めず、明るく、しつこく、しぶとく、つながろう!」という言葉にも相通じるものを感じました。

●蟻塚先生の講演の動画が下記に投稿されています。
https://www.youtube.com/watch?v=rBZe5IvaZZA

●蟻塚先生の著書『3.11と心の災害――福島にみるストレス症候群』が6月20日に発売されます。5/22講演会の内容を補足し、深刻な福島の実相を相馬の診療現場から伝えるものです。ぜひご購入下さい。
・『3.11と心の災害――福島にみるストレス症候群』
・蟻塚亮二・須藤康宏著
・大月書店・1800円+税