特定非営利活動法人「ふくしま支援・人と文化ネットワーク」





影絵出前公演報告 (2016.10.31更新)

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ふくしまの子ども保養キャンプボランティア募集 (2016.07.15更新)

裏磐梯合宿 (2015.12.15更新)

子どもたちの心のリフレッシュ事業を実施しました。 (2015.10.30更新)

ふくしまっ子自然体験キャンプ(8/10~8/16) (2015.09.02更新)


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2015.9.2

ふくしまっ子自然体験キャンプ(8/10~8/16)

 原発事故から4年たった現在、福島県の中通り地方は公共施設等の除染は進められているものの、子どもたちが自然の中で自由に安心して遊べる環境にはまだありません。平成26年度より、「ふくしまっ子自然体験・交流活動支援事業」は県外への活動も助成対象となりました。しかし、社会教育団体が行う事業は6泊7日以上13泊14日以内と日数が多く規程されており、補助金がでるとはいえ、参加者の負担は少なくはありません。本来ならば、すべての子どもたちに公平に自然体験活動が行われるべきですが、現実問題として、経済格差、情報格差が生じています。
 今回のキャンプは、福島市のたけのこ保育園がそれらの格差から不利な立場にある子どもや大人も参加を呼びかけた結果、未就学児7人、小学生19人に加えて3家族の母子家庭の計34人が参加し、当NPOが経費を支援しました。以下はキャンプの報告です。

地引網 海水浴 生き物観察 etc.

「新潟保養プロジェクト」代表 須藤美都子

海水浴  8月10日午前福島市出発、新潟市北区の菱風荘着、BBQパーティー。11日早朝より地引網と海水浴。12日福島潟生き物観察と野外炊飯。13日亀田公園生き物観察と亀田縞(当地の織物)綿繰り体験。14日水族館と水上バス乗船。15日海水浴、という行程です。毎日なにかしらの自然体験活動が出来るように、行程を考えました。

 地引網はなかなかの重労働で、小さな子供の中には飽きてしまう子もいましたが、小学生たちは最後まで引っ張り切り、いよいよ網が陸に上がってきて魚が見えてくる時には、子ども達から大歓声が上がりました。箱一杯に捕れた魚をから揚げにして朝食、その後は海水浴をし、存分に体を動かしました。

綿繰り  翌日は宿泊先の菱風荘隣接の福島潟で水辺の生き物観察です。「ビュー福島潟」職員のレンジャー指導員さんにガイドをお願いし、「潟」に棲む水辺の生き物や植物を教えてもらいました。子ども達は菱の実を拾い集め、それを忍者の武器のごとく「撒きびし」と称して遊んでいました。お昼は、自分たちで火を熾して飯盒でご飯を炊き、カレー作りです。炊飯の時だけ降った急な雨にもめげず、ご飯はおいしく出来上がりました。

 13日は宿泊先を江南区亀田にうつし、午前中は亀田公園で自然の生き物探しです。前半2日間が体力を使う行事だったので、中日の13日は、疲れを取るためにも少し軽い行事にしました。子どもたちは各々、木によじ登り、セミの抜け殻とり等をして遊んでいました。午後は室内で、当地の織物の綿繰り体験をしました。綿の実を昔ながらの機械でつぶして伸ばし、糸を撚ってみるという作業をしました。小さな子から高学年まで、興味を持った様子でした。

かもめ  14日は、新潟市水族館マリンピア~朱鷺メッセ展望台から新潟市街を臨み~水上バス乗船~ふるさと村、という行程です。マリンピアではイルカショーの見学や、水中の生き物、信濃川の上流から下流までの水辺を再現した展示など、たくさんの魚を見学しました。 水上バスは、信濃川を河口から上流へのぼっていく航路でした。舟を追ってくるカモメが、子供達の手から直接餌をくわえていくので、大人も子どもも歓声を上げて喜んでいました。

 活動日の最終日となった15日は、もう一度海水浴を計画しました。海に飛び込み水しぶきをかけあい、砂浜に寝ころび砂に埋まり、スイカ割をし、終日海で過ごしました。

バーベキュー  参加した子どもの年齢に幅がありましたが、仲間外れになるようなトラブルもなく、どの行事も滞りなく全児童が楽しんでいたことは、私たちにとっても大きな喜びでした。小学生高学年は保護者なしで参加した子どもが多く、初対面の子どもも多かったのですが、初日からすぐに馴染み、ホームシックになるということもありませんでした。

 また、今回は試みとして、親の自由時間を設けてみました。12日にレンジャー指導員とともに子どのたちが生き物観察をしている間、親同士で食事をして、コミュニケーションの時間をとることで距離が縮まり、大人自身のリフレッシュにもなりました。普段の福島での暮らしぶりを聞くことはありませんでしたが、見るもの触るもの一つ一つに反応し、しっかりと反応が返ってくる子どもたちでした。 この、新潟で過ごした7日間のことは、しっかりと子供達の心に刻まれたのではないかと思っています。